アメリカ合衆国海軍は1883年の艦隊法の成立をもって近代海軍への脱皮を開始する(これをニューネイビーという)が、まず建造されたのが、1884年から順次竣工したアトランタ、ボストン、シカゴの通称「ABC巡洋艦」と、それに続く防護巡洋艦群である。その後防護巡洋艦は、1888年に完成したニューアーク(C-1)、チャールストン(C-2)から1904年のチャールストン(C-22;2代目)まで、輸入艦のためC番号が付されなかった2隻を含め、全部で27隻が装備された。
防護巡洋艦という類別は1920年の分類変更によって消滅し、その時点で残存していた防護巡洋艦は一部は重巡洋艦(CA)に、大多数は軽巡洋艦(CL)に再分類された。
イギリス海軍
エドガー級防護巡洋艦のジブラルタルイギリス海軍は1880年代の終わりに巡洋艦を一等、二等、三等に区分し、1905年にかけて通商保護のため大量の建造を行ったがその大半は舷側装甲を持たない防護巡洋艦であった。一等防護巡洋艦は装甲巡洋艦に匹敵する大きさと武装を持ち、1880年代後半から一等装甲巡洋艦に代わるものとして建造された。二等防護巡洋艦は排水量3,000?5,500トンで、通商保護と艦隊における偵察任務に従事した。三等巡洋艦はさらに小さくて、二重底さえ欠いており、通商保護、偵察あるいは魚雷攻撃を任務とした。
19世紀末期に導入されたクルップ鋼により一等巡洋艦でも効率的な装甲が実現できるようになり、そのため大型の一等防護巡洋艦は1898年以後建造されなくなった。より小型のクラスでは1905年まで防護巡洋艦の建造が続いたが、1910年頃には舷側装甲を装備したタービン推進の軽巡洋艦に移行した。
オーストリア=ハンガリー帝国海軍
防護巡洋艦カイゼリン・エリーザベトオーストリア=ハンガリー帝国は7隻の防護巡洋艦を整備した。これらは、すべて国産で建造された。
パンター級(1885年):パンター、レオパルト
カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世級(1890年):カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世、カイゼリン・エリーザベト
ツェンタ級(1899年):ツェンタ、アスペルン、シゲトヴァール ※オーストリア=ハンガリー帝国海軍では軽巡洋艦に分類された。
オスマン帝国海軍
防護巡洋艦メジディイェオスマン帝国では、4隻の防護巡洋艦を整備した。これらは、バルカン戦争や第一次世界大戦で活発に作戦行動に従事した。
ハミディイェ(1904年)
メジディイェ(1905年、アメリカ合衆国)
ペイキ・シェヴケト
ベルキ・サトヴェト
清国海軍
防護巡洋艦超勇
日本に鹵獲されたあとの防護巡洋艦済遠清では、近代海軍の創設とともにイギリスやドイツに発注し防護巡洋艦の整備を行ったが、日清戦争でその勢力は大きくそがれた。2隻の防護巡洋艦は日本軍に接収されている。しかし、建造中の艦が日清戦争以後に本国に回航されて戦力の低下は防がれた。
広甲
広乙型(1894年、清国):広乙、広丙
揚威型防護巡洋艦(1881年、イギリス)揚威、超勇
福靖(巡洋艦)(1883年、イギリス)
済遠(1885年、ドイツ)
致遠型(1887年、イギリス):致遠、靖遠
海容型防護巡洋艦(1898年、イギリス):海容、海籌、海琛
海天型防護巡洋艦(1898年、イギリス):海天、海圻
ドイツ海軍
フランス海軍
三等巡洋艦「トルード」1900トン台の小型巡洋艦ながら艦隊の偵察任務から通商破壊戦まで行える実力を持っていた。
三等巡洋艦「フォルバン」1900トン台の小型巡洋艦。
二等巡洋艦「デストレ」2400トン台の中型巡洋艦。本艦により小型巡洋艦の建造は終了した。フランス海軍は1881年にイギリス海軍が防護巡洋艦「エスメラルダ」を起工する情報を掴み、一年後に名造船士官エミール・ベルタンの設計による防護巡洋艦「スファクス」を建造して対抗した。当初は長期間行動可能な大型なものを「艦隊巡洋艦」と呼称し、それ以外の小型のものを二等、三等と区別したが、後に機関技術の発達で小型のものでも艦隊行動が可能となり区別が曖昧となった為、艦隊巡洋艦は一等巡洋艦に呼称が改められた。
この頃のフランス海軍では艦隊の偵察任務だけでなく、通商破壊戦にも使用できる大型・中型の艦形を重視していた。技術面では高性能機関の開発・採用、区画細分層(Celluar Layer)化による浸水極限設計の開発などで旧来の設計に見切りをつけて近代巡洋艦の基礎をこの時に構築した。更に防御様式の理論を発展させた結果、舷側にも防御を持たせる装甲巡洋艦を発明したため、1897年に防護巡洋艦の建造を終了し以降は装甲巡洋艦の整備に邁進した。
スファクス (Sfax) ※ 仏呼称:艦隊巡洋艦
タージュ (Tage) ※ 仏呼称:艦隊巡洋艦
アミラル・セシル (Amiral Cecille) ※ 仏呼称:艦隊巡洋艦
ダブー (Davout) ※ 仏呼称:二等巡洋艦
シュシェ (Suchet) ※ 仏呼称:二等巡洋艦
フォルバン級 - 3隻 ※ 仏呼称:三等巡洋艦:フォルバン (Forbin)、シュルクーフ (Surcouf)、コエトロゴン (Coetlogon)
トルード級 - 3隻 ※ 仏呼称:三等巡洋艦:トルード (Troude)、ラランド (Lalande)、コズマオ (Cosmao)
リノワ級 - 3隻 ※ 仏呼称:三等巡洋艦:リノワ (Linois)、ガリレ (Galilee)、ラヴォワジェ (Lavoisier)
アルジェ級 - 3隻 ※ 仏呼称:一等巡洋艦:アルジェ (Alger)、イスリー (Isly)、ジャン・バール (Jean Bart)
フリアン級 - 3隻 ※ 仏呼称:二等巡洋艦:フリアン (Friant)、シャスルー・ローバ (Chasseloup Laubat)、ビュジョー (Bugeaud)
デカルト級 - 2隻 ※ 仏呼称:二等巡洋艦:デカルト (Descartes)、パスカル (Pascal)
ダサ級 - 3隻 ※ 仏呼称:二等巡洋艦:ダサ (D'Assas)、カサール (Cassard)、デュ・シャイラ (Du Chayla)
カティナ級 - 2隻 ※ 仏呼称:二等巡洋艦:カティナ (Catinat)、プロテ (Protet)
ダントルカストー級 - 1隻 (1隻計画中止) ※ 仏呼称:一等巡洋艦
ギシャン (Guichen) ※ 仏呼称:一等巡洋艦
シャトールノー (Chateaurenault) ※ 仏呼称:一等巡洋艦
デストレ級 - 2隻 ※ 仏呼称:二等巡洋艦:デストレ (D'Estrees)、アンフェルネ (Infernet)
ジュリアン・ド・ラ・グラヴィエール (Jurien de la Graviere)
ポーランド海軍
倉庫として使用される防護巡洋艦バウティクポーランド・ソヴィエト戦争の勝利で独立を確固たるものにしたポーランドであったが、1920年代になっても海軍の整備は遅れたままであった。早急に大型艦船を国内で調達することが難しかったことから、1922年にフランス海軍を除籍された防護巡洋艦ダントルカストーを中古で購入して配備することとした。ダントルカストーは1927年当初はクルル・ヴワディスワフ4世としてポーランド海軍に登録されたが、バウティクと名を改めた上で1930年4月1日付けで正式に海軍へ配備された。
ポーランド海軍唯一の巡洋艦となったバウティクであったが、第二次世界大戦の始まった1939年9月1日にドイツ空軍機による爆撃を受けた。その後はナチス・ドイツ軍によって接収されて倉庫として使用されたが、1942年に解体された。
ロシア帝国海軍
ロシアの代表的な防護巡洋艦アヴローラの概略図ロシア帝国における防護巡洋艦の整備は1880年代初頭から始まり、イギリス、フランス、アメリカ合衆国、ドイツ帝国などから艦を購入するとともに国内でも建造を行った。しかし、いずれの艦級もあまり大量生産はされず同型艦のない艦級が多かった。加えて、日露戦争で防護巡洋艦は大きく勢力をそがれることになった。
ロシア最初の防護巡洋艦とされる艦艇は、建造当時は「コルベット」に類別されたヴィーチャシ級防護コルベットであった。しかし、同級の船体構造は機関室を守る軽微な防護甲板を持っていた以外はほとんど旧来のスクリューコルベットのままで、本格的な防護巡洋艦と呼べるものではなかった。次に導入されたのはフランスで建造されたアドミラール・コルニーロフで、これはより本格的な防護巡洋艦となったが同型艦は建造されず、以後10年にわたって防護巡洋艦の建造は途絶えた。
1892年2月1日にロシア帝国海軍で新しい類別が採用されると、防護コルベットは装甲フリゲートと合わせて「一等巡洋艦」に類別された。これに伴い、防護コルベットは防護巡洋艦、装甲フリゲートは装甲巡洋艦と呼ばれるようになった。「二等巡洋艦」には、旧来の「巡洋艦」のうち装甲装備を持たない艦(従ってアドミラール・コルニーロフ以外の旧「巡洋艦」)や旧来の「クリッパー」が類別された。
一等防護巡洋艦ヴァリャーク次の防護巡洋艦が導入されたのは1898年で、フランスで建造されたスヴェトラーナが配備された。スヴェトラーナは当時の標準的な防護巡洋艦とされ、発展型のパルラーダ級(ジアーナ級)が建造されるに至った。この後、主に太平洋方面の防備に振り分けられる大型艦として防護巡洋艦の建造が盛んになり、ヴァリャークやアスコーリトが配備された。
20世紀を迎える頃には元「クリッパー」や「巡洋艦」に類別された非装甲の「二等巡洋艦」は完全に第二線級の扱いを受けるようになり、かわってクリッパー規模の小型の防護巡洋艦が太平洋方面向けに建造されるようになった。こうしたことから防護巡洋艦の内訳は細分化され、重装備の「遠距離偵察艦」と軽装備の「近距離偵察艦」に分かれた。但し、後者には防護巡洋艦とは呼べないアルマースのような巡洋艦も含まれており、その概念は必ずしも防護巡洋艦には相当しなかった。
カツサン オーダー メルトン キートーン 市田柿 オーララ ミルク 総合山風 スズラン レングス もくず フリル ジスト カッター チュニジ 紅の空 ピンプリ 凪笛 蜃気楼 除の鐘 パトロール オーバー リンター ダイア ヒプノ フィート ズーム ミニコミ 総合大河 マシン トッシュ テトラード フラワー シーエス ラカイト フシグロ トラッ オパール ネービー リスク ザーボード ボエポン ダイジ マター スケール セクト アスン アサイン チューン アース
一等防護巡洋艦ボガトィーリボガトィーリ級は最後に整備された大型の防護巡洋艦(遠距離偵察艦)となった艦級で、ドイツで建造された1隻を含む5隻が起工された。これが、ロシア海軍の防護巡洋艦では最大の同型艦数であった。太平洋方面に配備されたボガトィーリは、ロシア極東における最良の巡洋艦と呼ばれた。
日露戦争の敗戦後、海軍計画の見直しにより防護巡洋艦は建造中であったボガトィーリ級の黒海艦隊向けの同型艦を除き一切の建造が打ち切られた。建造中の火災により工事の遅れていたヴィーチャシは防護巡洋艦として整備することを取りやめられ、水上機母艦として工事が進められることとなった。1910年代になると新しい建艦計画に従い従来の装甲巡洋艦や防護巡洋艦はタービン推進の軽巡洋艦に代替されることになり、防護巡洋艦の整備は正式に終了した。しかし、軽巡洋艦は帝政時代にはついに完成せず、ロシア革命に至るまで防護巡洋艦は艦隊の中核として重要な位置を占めていた。
一般に、ロシアの防護巡洋艦は武装は152 mm砲と水中発射型魚雷発射管が装備された例が多かった。一部の艦では152 mm砲はより性能の優れた130 mm砲に換装された。小型の近距離偵察艦には水雷巡洋艦並みの120 mm砲が装備された例もあった。
一等防護巡洋艦
ヴィーチャシ級(1883年、ロシア):ヴィーチャシ、ルィーンダ
アドミラール・コルニーロフ(1885年、フランス)
スヴェトラーナ(1895年、フランス)
パルラーダ級(ジアーナ級)(1897年、ロシア):ジアーナ、パルラーダ、アヴローラ
ヴァリャーク(1898年、アメリカ合衆国)
アスコーリト(1898年、ドイツ)
ボガトィーリ級(1898年、ドイツ):ボガトィーリ、ヴィーチャシ、オレーク、オチャーコフ、パーミャチ・メルクーリヤ
二等防護巡洋艦ノヴィーク二等防護巡洋艦
ノヴィーク(1899年、ドイツ)
ジェームチュク級(1901年、ロシア):ジェームチュク、イズムルート
ボヤーリン(1900年、デンマーク)
一等防護巡洋艦(鹵獲艦)
プルート(1901年、アメリカ合衆国) ※オスマン帝国艦を第一次世界大戦中に鹵獲。